カウントダウン・ジャパン

ラジオと音楽は切っても切れない縁があります。最新の音楽情報を得るのにラジオは最適のツールですね。ビジュアルに騙されることなく純粋な音情報だけで音楽に浸ることが出来るのがラジオの良いところです。ドライブのBGM代わりに聴いてもいいですし、寝る前のベッドの中で子守唄代わりに聴いてもいいですよね。私は学生時代、テレビのない家に住んでいたので、音楽に限らず最新情報はほとんどラジオから得ていました。初めての一人暮らしで淋しかったので四六時中ラジオをつけていたのも、今となってはいい思い出です。そんな熱烈リスナーな私が、おすすめのラジオ音楽番組をご紹介していこうと思います。まずはこれさえ聴いて置けばバッチリ!知らない人はいないと言っても過言ではない、ラジオを代表する音楽番組「カウントダウン・ジャパン」についてご紹介します。

「COUNTDOWN JAPAN」とは

「JA全農 COUNTDOWN JAPAN」は、TOKYO FMをキーステーションに38曲ネットで放送しているラインキング形式の音楽番組です。邦楽(J-POP)のベスト10を発表してくれる番組で、東京・渋谷にあるTOKYO FMスペイン坂スタジオから公開生放送しています。現在のパーソナリティはジョージ・ウィリアムスとホラン千秋が起用されています。「音楽」「ラジオ」「ランキング」と言えばこの番組です。カラオケの前にはこの番組を聴いて最新情報をチェックしておくのが私の常套手段となっています。

歴史

放送開始~宮川時代

1971年11月、番組の原点となる「歌謡&ポップス・ワイド・ベストテン」が、「ステレオ歌謡バラエティ」の1コーナーとして放送開始となります。パーソナリティは歌謡曲担当が宿谷このみ、ポップス担当はシリア・ポールでした。1974年4月に「ステレオ歌謡バラエティ」から独立して、土曜日の午後1時枠に、シャッターの三和シヤッターが冠スポンサーとなり、「三和シヤッター 歌謡曲ベスト・テン」として放送が始まります。パーソナリティは「歌謡&ポップス・ワイド・ベストテン」から山崎唯と宿谷が引き継ぎました。1975年4月には、提供が三和シヤッターから化粧品メーカーの小林コーセー(現:コーセー)に代わり、「コーセー化粧品 歌謡ベスト10」にタイトルが変更されます。同時にパーソナリティも交代し、2代目には作曲家の宮川泰が起用されました。また、パートナーとしてFM東京アナウンサー・丸木陽子が登場しました。以後10年間に亘ってこの二人で番組が進行されましたが、1985年6月、丸木が心不全により急逝してしまいます。そのため当時FM東京のアナウンサーだった田中美登里が代役を務めました。1985年10月には田中に代わってタレントの相本久美子が登場。2年間パートナーを務めました。1987年10月からは河野多紀がパートナーとなります。1989年には宮川がパーソナリティを引退することを発表。同時に宮川時代の最後のパートナーとなった河野も卒業しました。

深野時代

1989年10月7日の放送からは、タイトルを「KOSE 歌謡ベスト10」に改題し、3代目パーソナリティとして深野義和が登場します。パートナーはタレントの早坂あきよが務めました。1990年10月、パートナーが早坂から麻木久仁子へと交代します。1991年10月には、音楽シーンの移り変わりと共に、これまでの「歌謡ベスト10」のタイトルを「KOSE カウントダウン・ジャオアン」に改題しました。コーセーがスポンサーの時はコーセー製品のプレゼントコーナーもありましたが、ライバルの化粧品メーカーのCMソングをランクインさせないなどの問題も起こりました。1993年6月からは渋谷にTOKYO FMスペイン坂スタジオがオープンし、同スタジオに放送拠点を移行しました。1994年11月、麻木が産休のため降板。新パートナーには当時のTOKYO FMアナウンサー・松本ともこが起用されました。1996年10月、21年間提供してきたコーセーからコンビニエンスストアのローソンに提供スポンサーが交代します。番組名も「LAWSON カウントダウン・ジャパン」へと改題しました。この時期にはローソンの店内放送「LOWSON CSホットステーション」でも放送されたことがありました。ただし放送されたのは「Your listening to your favorite」のコーナーのみでした。2002年4月には、提供が自動車メーカーのダイハツ工業に変わり、「DAIHATSU カウントダウン・ジャパン」となります。なお、ダイハツのスポンサー降板とともに深野と松本が番組を卒業しました。

落合時代

2003年10月4日から提供が携帯電話会社のボーダフォン(現:ソフトバンクモバイル)に変わり「Vodafone カウントダウン・ジャパン」に改題されます。パーソナリティは落合隼亮、パートナーは水木ゆうなが起用されました。この回からは番組内容を大幅にリニューアルするとともに、落合らがミニドラマ仕立てで送るオリジナルCMも番組内で放送されるようになりました。またボーダフォン時代は放送終了後に同社のカメラ付き携帯電話で撮った写真が番組公式ホームページに載せられました。2005年4月には水木が卒業し、新パートナーとして遠藤久美子が起用されます。遠藤はその後1年間パートナーを務めました。2006年3月、ボーダフォンがスポンサーから降板するとともに、落合・遠藤も番組を卒業しました。

荘口時代

2006年4月の放送からは冠が外れ、「カウントダウン・ジャパン」が統一タイトルとされました。5代目のパーソナリティには元ニッポン放送アナウンサーの荘口彰久が登場、パートナーに河辺千恵子を据え、さらに「カウントダウンサポーター」として、AKB48の当時のメンバーが週替わりで3人出演するようになります。4月1日から9月30日まではスポンサーが付かなかったため、番組内ではAKB48のCMを放送していました。2006年10月からはランキング集計がこれまでのリクエストに加え、JFN各局のオンエア回数、携帯電話による着メロのダウンロード回数、さらにCDの売り上げポイントといった4要素からなる集計方式をとるようになります。また、10月7日放送分から2007年春の改編まで、提供スポンサーが複数社となり、かつ1ヶ月単位での交代が続く形態となります。2007年3月31日をもってAKB48が番組レギュラーを卒業。同年4月の放送分からはスキンケア事業のDHCが冠スポンサーとなり、1年ぶりに冠スポンサー番組となりました。タイトルも「DHC カウントダウン・ジャパン」と改題されました。翌2008年4月には河辺が卒業し、新パートナーとしてタレントの高樹千佳子が登場します。高樹はその独特のセンスを活かして「高樹千佳子の伝わらないファッションチェック」というコーナーを担当していました。しかし2009年12月、高樹が椎間板ヘルニアを患い、病気療養のために芸能活動を一時休止することが発表されました。そのため、同年12月5日と12日の放送は代役を起用せず荘口のみで番組を進行しました、19日には高樹が芸能活動を再開し、当番組にて復帰しました。しかし、翌2010年1月9日に高樹の椎間板ヘルニアが再発、再び出演見合わせとなりました。なお、高樹は1月30の放送を持って番組を降板しています。2010年2月からは高樹の後輩にあたるタレントの皆藤愛子、3月には高樹と同じ事務所のフリーアナウンサー・中田有紀がパートナーを務めました。2010年4月の改編では、番組タイトルを「DHC COUNTDOWN jp」に改称。パートナーには女優の鈴木杏が起用され、番組内容にも若干手が加えられています。また鈴木が舞台長期公演の為番組を休んだ際にはお笑い芸人のにしおかすみこが代理を務めました。2011年3月12日からは前日に発生した東日本大震災に伴い非常態勢となり、番組は一週間休止します。同年3月26日、鈴木杏が番組を卒業。4月からは代理を務めていたにしおかすみこが正式なパートナーに起用されました。1年後の2012年3月31日、この日を最後に5年間スポンサーを務めたDHCが降板、同時に荘口とにしおかも卒業となりました。

現在

2012年4月からは5年ぶりに冠が外れ「COUNTDOWN jp」が統一タイトルとなりました。6代目のパーソナリティにはジョージ・ウィリアムズが登場、パートナーにはMISATOを据え、番組内容を一新しました。また同時に番組公式ホームページをリニューアルしました。2013年からは全国農業協同組合連合会がスポンサーに就き、タイトルを「JA全農 COUNTDOWN JAPAN」に改題されました。同年4月からはジョージはそのまま続投し、MISATOに代わる新パーソナリティーとしてホラン千秋が起用されています。

歴代パーソナリティ

男性

  • 山崎唯・・・1974年4月~1975年3月
  • 宮川泰・・・1975年4月~1989年9月
  • 深野義和・・・1989年10月~2003年9月
  • 落合隼亮・・・2003年10月~2006年3月
  • 荘口彰久・・・2006年4月~2012年3月
  • ジョージ・ウィリアムズ・・・2012年4月~現在

女性

  • 宿谷このみ・・・1974年4月~1975年3月
  • 丸木陽子・・・1975年4月~1985年5月(本人急逝による)
  • 相本久美子・・・1985年10月~1987年9月
  • 河野多紀・・・1987年10月~1989年9月
  • 早坂あきよ・・・1989年10月~1990年9月
  • 麻木久仁子・・・1990年10月~1994年11月(産休の為降板)
  • 松本ともこ・・・1994年11月~2003年9月
  • 水木ゆうな・・・2003年10月~2005年3月
  • 遠藤久美子・・・2005年4月~2006年3月
  • 河辺千恵子・・・2006年4月~2008年3月
  • 高樹千佳子・・・2008年4月~2010年1月
  • 鈴木杏・・・2010年4月~2011年3月
  • にしおかすみこ・・・2011年4月~2012年3月
  • MISATO・・・2012年4月~2013年3月
  • ホラン千秋・・・2013年4月~現在

ピンチヒッター

  • 田中美登里・・・1985年6月~9月(当時FM東京アナウンサー。丸木陽子の急逝に伴う)
  • 中井美穂・・・不明(松本ともこ担当時に代打)
  • 皆藤愛子・・・2010年2月(高樹千佳子降板後の月間パーソナリティ)
  • 中田有紀・・・2010年3月(カウントダウンジャパン・カウントダウンステーション最末期の月間パーソナリティ)
  • にしおかすみこ・・・2010年5月8日~6月5日、7月10日、11月1日~11月13日(鈴木杏の舞台公演の為の欠席に伴う代打)
  • 秋元才加(AKB48)・・・2011年4月2日
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